先月、大学における「任期制」について書く準備をブログでやってみると書きましたが、忙しくなってその後やっていません。原稿締め切りが近づいて、もっと書きたいネタが手に入ったので、そのテーマでエッセーを書きました。読んでみてもらえればうれしいと思います。
皆さんが書く論文と違う点は注で出典を明記していないことです。通常注などをつけないようなコラム用の原稿を依頼されたので、最小限の出典しか明記していませんが、それでも新聞名や雑誌名と日付は明記しています。また、私の見解と他人の見解を分けて書いたつもりです。
=====================
進行中の水銀汚染
私が担当する「演習III」では、国際経済学科所属の学部生に加え、来学している交換留学生をゼミの正規のメンバーとして迎え、議論やグループ学習等を通じて、文化や社会問題などに関する理解を深めようとしています。今年の春学期は水俣病を中心的なテーマに据え、水俣へのゼミ旅行に備えて勉強を進めてきました。先日の授業で、留学生と日本人学生との間に存在する水銀汚染に関する意外な知識のギャップに気づきました。このエッセイで、ゼミで見えてきたことを報告して、多少の考察を試みてみたいと思います。
公式発見から50年以上が経過しているにもかかわらず、水俣病関連の問題がさまざまな形で続いていることはご存知のとおりです。しかし、学生にとってはやや「古い」話題に感じられるのではないかと思い、今までの経緯に関する勉強に加え、現在話題になっている環境問題も取り上げ、水俣病の問題との類似性等について考えてきました。その中で、まぐろ等、食物連鎖の上の方にいる魚の体内水銀値が高いことや、その原因の一つとされている石炭火力発電が問題になっていることを取り上げてみました。そこで意外だったのは、留学生(特に英語圏からの留学生)は一通りこの問題を知っていましたが、日本人学生は皆「初耳」だと言っていたことでした。
「日本人の学生は常識がない」などと、「知らない」と言う学生の知識不足を批判するのは簡単ですが、そう簡単に日本人学生の問題として片付けられないだろうと思いました。考えてみれば、私自身がこの問題について知った情報源は、日本のメディアではなく、インターネットで入手するアメリカ等のメディアでした。たまたまその日の夜に、アメリカ生活が長かった日本人の友人にこのことを話したら、「日本でも話題になることはありますが、やっぱり日本よりもアメリカで頻繁に話題になっていました」と言うことでした。
しかし、何故でしようか?英語圏では関心が高いが、日本では魚の質に関心を持っている人はあまりいない、ということはあり得るのでしょうか?いや、水俣病の悲劇がまだ終わらない日本、英語圏の諸国より魚の摂取量が遥かに高い日本では「関心」がない、ということはあり得ないでしょう。そう考えていたところ、和歌山県太地町の住民の毛髪から、高い濃度の水銀が検出されたことに関する英語の記事を見ました。英語でも報じられている日本の話題なので、日本のメディアでも大きく取り上げているに違いないと思い、インターネットで検索してみました。GoogleにもYahoo!にもニュース記事を検索する機能がありますので両方のサイトで検索してみましたが、「水銀」と「太地」、「水銀」と「魚」など、検索のキーワードをいろいろ変えてみても、太地町の問題はおろか、魚介類に含まれている水銀濃度等に関する記事は一つも見つかりませんでした。
一方、英語の方はどうかと思い、Googleを使って、英語のニュース記事を「mercury」(水銀)と「fish」で検索してみました。ヒット件数は845件で、たまたま筆頭の記事は私のふるさとであるアメリカ合衆国ウィスコンシン州で新たに決まった石炭火力発電所に対する水銀規制に関するものでした。石炭火力発電所から大気中に出る水銀がやがては川や湖に入って、食物連鎖を伝わって人間の健康を脅かしているという見解が主流となり、規制に乗り出したようです。
このウィスコンシン州の話題が日本のメディアに出てこないのはむしろ当然かも知れませんが、けっして単なるローカルな問題ではありません。アメリカや中国などの石炭火力発電所からの水銀が海に入り、食物連鎖を伝わって世界中に行き渡るからです。当然、こうした火力発電も太地町の問題の一因になっている可能性もあります。驚くべきことは、日本ではこうした問題がほとんど取り上げられていないということです。
もちろん、日本のメディアがこの問題をまったく取り上げていない訳ではありません。太地町での調査を依頼し、報道したのは『AERA』(2000年6月16日号)で、『AERA』に先立って『熊本日日新聞』(6月13日)に記事が載りました。しかし、全体を見渡した場合には、こういう問題を取り上げる日本の報道はあまりにも少ないのではないでしょうか?
最後に、『AERA』の依頼を受けて、太地町での調査を行った「国立水俣総合研究センター」について抱いた疑問を述べたいと思います。ここで詳細に述べることはできませんが、米国発の水銀をめぐる問題提起が、今年の2月1日と4月5日の『熊日』で紹介されていることに対して、「国水研の見解」ということで「必ずしも水銀汚染が進んでいるということではありません」という立場をとっています。水俣病のような悲劇を二度と繰り返さないことを基本理念に据えているはずの国水研が水銀汚染の危険性について否定的な立場をとることは不思議で仕方がありません。
No comments:
Post a Comment